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Chapter 0 川和静
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Chapter 0 苺宮楽ノ進
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Chapter 0 五十島慈
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Chapter 0 渋吉陸玖
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Chapter 0 獣条一希
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Chapter 1-1
- #001 Arcanamusica-彼女の場合-
- #002 Arcanamusica-彼の場合-
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#003
Ⅶ.戦車 切沢玲央斗/タイガー
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#004
ⅩⅦ.星 斑目ジュナ/テティス
とんとん、と肩を叩かれる気配に顔を上げると、同じ講義を取っている友人が目をキラキラさせながら私を覗き込んでいた。
「何聴いてるの?」
ワイヤレスイヤフォンを外して、私はサブスクで使っている音楽配信アプリの画面を見せる。「あっ、これ私も使ってた~」と弾んだ声をあげながら、彼女は私の隣に座った。
「普段どんな音楽聴いてるの?」
「うーん……おすすめで流れてくるやつ、適当に」
「えー、そうなんだぁ。あっ、じゃあじゃあ、おすすめあるんだけど!」
楽し気に笑いながら、彼女は自分のスマートフォンを取り出してとあるアプリを開いてみせた。
「……『アルカナムジカ』? って、何? アプリ?」
「音楽配信のアプリだよ! サブスクとかじゃなくて、基本的には全部無料なの」
「へえー……」
(最近多いなぁ、そういうの)
動画も音楽も、ありとあらゆるアプリが溢れていてなかなかついていけない。
流行に疎いほうだという自覚はある。反面彼女はそういう流行にも常に敏感なタイプだった。
「普通の配信サイトじゃ聴けない曲とか、ここでしか活躍してない歌い手の人もいてね。私のおすすめは……あっ、この人! ダパレ!」
「……ダパレ?」
彼女が見せてくれた画面には、闇殿≪ダークパレス≫という名前と『その魔王殿は悲しい程にルルルルルー。』という曲名が表示されていた。
「ダークパレスっていう名前なの?」
「そうそう! 長いからみんなダパレって呼んでるんだけどね」
彼女はそのダパレという人の曲を随分聴き込んでいるようで、どのフレーズがいいとか、どの歌い方が好きだとかいう話を熱く語ってくれる。
ひとしきり語り終えると、彼女がふいに声を潜めて、身を乗り出した。
「でね、実はダパレって、マイミーじゃないかって話があるんだよね?」
「マイミーって……」
マイミーは、彼女が推している配信者の名前だ。しょっちゅう彼の話を聞くから、私にも聞き馴染みがある。周りには彼女以外にも結構マイミーを推している子たちがいて、彼女たちは自らのことをマイ民と名乗っているらしい。
雑談や美容系のトークが中心で、彼女に勧められて一度だけ見たことがあるけれど、綺麗な顔の男の人だな、という印象だった。
「ダパレもマイミーも、何も言ってないんだけどね。声がめちゃくちゃ似てるし。ダパレが出してるもう一つの曲に呪文みたいな言葉が入ってて……それがもしかしてマイミーの本名かも!? なんて言われてるんだよね」
「へー……」
興奮する彼女に対して、あまりにも平坦な返事しかできない自分が悲しい。
私にはいわゆる推しと呼べる存在はいない。
だから、こんなふうにいつも誰かへの好きという感情を熱く語ってくれる彼女の話は、うらやましくもあり、楽しくもあった。
「そうだ、良かったらアルカナムジカ、入れてみてよ! ダパレだけじゃなくて色んな人の曲があるし、このアプリでしか聴けない曲ばっかりだから……絶対、好きな曲が見つかると思うよ」
頷いて、早速アプリストアを検索してみる。けれど、該当のアプリは出てこなかった。
「あれ、検索しても出てこない……」
「あっ、そうだった。アルムジって招待制なんだよね。アプリユーザーに教えてもらえるURLからじゃないと、ダウンロードできないんだ」
随分珍しい仕様だな、と思った。
アプリといえば何万ダウンロード、などダウンロード数の多さを広告に打ち出すものも多いのに、あえてそんな面倒くさい手順にしているなんて。
(でも、その方が却って特別感は増すのかな……?)
「私もマイ民繋がりで教えてもらったんだよね。えっと、ちょっと待ってね……」
スマートフォンを操作した彼女から、アプリのダウンロードページのURLが送られてくる。
けれど間もなく授業が始まってしまい、話はそこで中断となった。
その日の夜。
バイトも終えて帰宅した自室でくつろいでいると、彼女から「アプリ、ダウンロードできた?」とメッセージが入っていた。
(そうだった……)
昼に中断してそれきりになってしまっていた画面を開いて、ダウンロードを進める。
その傍ら、彼女に「これから色々聴いてみるところ」と返事をすると、「気にいった曲があったら教えてね!」と文字ですらも弾むようなメッセージが返ってきた。
楽しそうな彼女の笑顔を思い出して、少しは期待に応えたい、という気持ちがわいてくる。
早速ダウンロードされたアプリを開いて、私はまず彼女の話していたダパレさんのページを開いた。
「あ、これかな。本名が入ってるかもって言われてたやつ……」
トップに出てきた『その魔王殿は危なげな程に刹那的―。』というタイトルをタップすると、ダークファンタジーのような、どこか妖し気なイントロが流れてくる。
(……って、考えてみたら私、マイミーの声わかんないや)
彼女の話していたことは気になったけれど、配信をほとんど見ていない私では判断のしようもない。ただ、どこか胸をざわつかせる曲だな、とは感じた。
(デュエットとかもあるんだ。この曲は結構好きかも……)
いっくんという別の歌い手の人とデュエットで歌われている『2H2O』という曲は、テンポこそ速いけれど澄んだ雰囲気で聴き心地がいい。
そのまま気になっていっくんの『フィルム越しのモノクローム』という曲も聴いてみると、こちらはダパレのものとは打って変わって静かな曲調のものだった。
(この時間に聴くにはちょうどいいな……)
波打つような声色も心を落ち着けてくれるようで、もう一つアップされている『翡翠色のロゼアモール』という曲にも飛んでみる。
どうやら『Special』とアイコンがついている曲はその歌い手の人のオリジナルのものらしく、試しにいつも使っている音楽配信アプリで検索してみても同じ曲は出てこなかった。
気になって、更にSpecialを探していくと――。
「……あ」
Aメロを聴いた瞬間、どうしてだろう、見つけてしまった、と思った。
(これだ。私の、聴きたかった曲……)
感じたことのない確信に、鼓動が少しだけ早くなる。
RiZさんの、『My Role』。
表示されていない歌詞を必死にたどるように、全てのフレーズに耳を澄ませた。
全部が自分のことを言われているようで、大きく感情が揺さぶられる。
音楽を聴いてこんなふうになるのは初めてで、自分でも戸惑いながら気づけば視界がぼやけていた。
夢中になって、そのままRiZさんの曲を何度も何度も繰り返して聴いてみる。
『My Song』も、『逆転スピナー』も。
そのどれもが痛いくらいに刺さって、その感覚すらも新鮮で心地よくて、いつの間にか夜明けに近い時間になっていた。
「やばい、そろそろ寝なきゃ……」
歌い手をお気に入り登録できる機能を使って、RiZさんの更新がいち早くわかるようにしてから布団に入る。
(もしかして……これが、推すってことなのかな)
明日学校に行ったら、早速彼女に伝えよう。
『アルカナムジカ』で私が初めて出会った、推しの話を――。
『アルカナムジカ』のアプリに表示されているRECボタンを停止して、ひと息つく。
あとはこのまま、アップロードボタンを押せば完了。それだけで、アプリの中で俺の歌が配信される。
手に持っていたアコースティックギターをスタンドに戻して、俺は祈るような気持ちでボタンを押した。
「今回はbet、たくさんつくといいなあ」
数ヶ月前、バンド仲間に紹介されたアルカナムジカは、今や俺の音楽活動の中心になっている。ライブハウスで歌う時のように直接歓声が聞こえないのは少し寂しいけど、その分アプリを通してたくさんの人に聴いてもらえるというのは、やりがいになる。
……まあ、聴いてもらえれば、の話だけど。
「この間の曲、全然伸びねえなあ……」
背中を預けていたベッドに、そのままもたれかかる。
つい先週も歌って投稿してみたものの、付いたbetの数は10に満たないし、再生数も50回を上回る程度。
お気に入り登録をしてくれているリスナーも、知り合いを除けば数人がいいところだ。
アプリというのは多くの人に聴いてもらえる一方で、同じように配信している人間もそれはもうたくさんいるわけで……。
(ま、少しずつだよな、こういうのは)
落ち込みそうな気持ちを奮い立てて、自分がフォローしている歌い手の投稿を見に行く。人気の歌い手ともなると再生回数は何十万を記録するし、betの数も1万以上と桁違いだ。
すごいな、と思いつつ、同じアプリで歌ってはいてもどこか別の世界の人達なんだろうな、と感じる。
「プロの歌手とかもいるらしいって噂あるしな……おっ!」
『New』のアイコンが光る曲に、勢いよく体を起こした。
「レッジェさんの新曲、配信されてる!」
『レッジェ』は、俺がこのアプリの中で一番推している歌い手だ。
最初に聴いたのは彼が初めて投稿した『テノヒラダンサー』で、疾走感のあるサウンドのカッコ良さと、その中でも確実にわかるスキルの高さ、芯のある歌声に聴き惚れてしまった。
更に続けて更新された『ストレイアンサー』は、表現力が秀逸で……彼の歌の幅の広さを尊敬し、見習いたいとすら思ったのだ。
以来、レッジェさんの曲は何度も繰り返し聴き、新曲も今か今かと待ちわびていたのだが――。
「えっ……デュエット?」
待望の新曲は、なんとレッジェさん一人のものではなかった。
デュエットの相手は『シブキチ』という聞き覚えのない歌い手で、おまけに普段のレッジェさんは決して書かない一言コメントまで添えられている。
「ディスティニーゲームの結果、シブキチとデュエットすることになった……って、どういうことだ?」
更に聞き覚えのない『ディスティニーゲーム』という単語を、一旦検索エンジンで調べてみる。
けれど、『アルカナムジカ ディスティニーゲーム』と入れてみても検索結果はほとんど出てこなかった。
SNSも検索して、なんとなくわかったのは、どうやらアルカナムジカにはプレミアム会員、という制度があること。ディスティニーゲームはその会員向けのコンテンツらしい、ということ。
数ヶ月も使っているのに、そんな制度があるなんてまるで知らなかった。
(って……もしかして、ディスティニーゲームに参加すればレッジェさんとデュエットできるってことか!? えっ、すげえ!)
「どうやったらディスティニーゲームに参加できるんだ……? やっぱり、プレミアム会員になるしかないのか?」
興奮しながらもう一度アプリに戻って色々とページを遷移していくと、設定ページの遥か下の方、気づく人なんてほとんどいないんじゃないかという場所にプレミアム会員の方はこちら、という文言を見つける。
「こんなの、誰も見つけられないだろ……」
本気でプレミアム会員を獲得する気があるのだろうか、と疑問に思いながらもそのページを開くと……
「現在、プレミアム会員は募集しておりません……って、なんだよそれ!」
膨らんだ期待が一気に潰れて、思わず再びベッドに頭を預ける。
よくよく見てみると、プレミアム会員になるにはアルカナポイントを相当貯めなければいけないらしい。
「アルカナポイントかあ……betの数でもらえるって話だけど……」
そもそも、betの数が伸びない俺には縁遠い話だ。
(まあ、プレミアム会員になったらレッジェさんとデュエットできるってわけじゃないんだろうけどさ……)
「くそー……デュエット曲、聴いてやる! シブキチ、お前の実力聴かせてもらうぞ!」
本当にレッジェさんとデュエットするのに相応しい歌唱力なんだろうな……と、なぜか審査員のような気持ちで曲を選択し、俺はアプリから流れてくる音楽に耳を澄ませた。
(なんだよこれ……めちゃくちゃいいじゃん……)
今までのレッジェさんの曲のどれとも違う、どこか優しさの滲む声色も、それに応えるシブキチのまっすぐな歌声も、重なることで生み出されるハーモニーも……。
全てが良くて、気づけばレッジェさんだけじゃなくシブキチの歌声にも真剣に耳を澄ませている自分がいた。
「シブキチ……か……」
シブキチの名前で検索してみると、レッジェさんと同じようにいくつかの曲が出てくる。
そしてその曲には、レッジェさんと同じように『Special』の文字が輝いていた。
(そういえば、このSpecialっていうのもなんなんだろうな……オリジナル曲なら俺も上げてるけど、こんな言葉つかないし。なんか特別な曲なのか?)
シブキチの曲の中でも一番上に出てきた『You are my friend!』という曲を早速聴いてみる。
レッジェさんのような落ち着きや大人っぽさはない。
上手いけれど一生懸命さの方が前に出ている雰囲気で、これなら俺だって負けない、と思いかけたけれど――。
(いや……違うな。俺、こんなに真っすぐ歌えねえもん)
レッジェさんの曲を初めて聞いた時とは全然違う。
手の届かない相手への憧れじゃなくて……隣で背中を押されているような感覚に、思わず顔を覆う。
(ずりい、こんなの)
特別上手いとか、特別曲がめちゃくちゃカッコいいとか、そういうわけじゃないのに。
どんなにうまくいっていなくても、夢を諦めなくていいんだって、頑張ろうって言われているみたいで、たまらない気持ちになる。
よく見ると、シブキチも上位の歌い手たち同様に再生回数もbetの数も、他の歌い手とは群を抜いて多かった。
(やっぱ、レッジェさんとデュエットしてるだけあるよな……)
俺には、まだまだ遠い。レッジェさんも、シブキチも。
でも――いつか。
「……よし! 来週またアップできるように、新曲作るぞ!」
気合いを入れ直して、スタンドから再びギターを手に取る。
確かめるように響かせたアルペジオに気分をよくしながら、俺は次の新曲に向けて音を作り始めた――。
近づいてくる足音に、切沢は静かに後ろを振り返った。
「お疲れ、切沢」
「……っす」
芸歴の長さに対して随分気さくな先輩芸人は、「今日の収録、よかったぜ」と軽い笑い声をあげる。
「どうも」
「その見た目で家庭的とかずりーよなー。マジ、あの番組向きだよ、お前」
月に数度、切沢がコーナーを任されている朝の情報番組の視聴者は圧倒的に主婦層が多い。
万人受けする身なりではない自覚はあるので、てっきりそういう層には敬遠されるものとばかり思っていたが――料理や洗濯、掃除の小技を紹介していく切沢の姿は、一定の人気を獲得しているらしい。
(芸人の仕事っていうのも、色々だよな)
それでも、切沢に不満はない。
そうやってテレビに出ていれば、笑って喜んでくれる人間が確かにいるのだから。
「ま、あとはもう少し愛想がありゃ満点なんだけど。そういうとこ、シブとは全然違うよな」
『シブ』、とさりげなく出てきた言葉に、思わず肩が揺れた。
動揺するつもりはないが、いまだにその名前にはどんな反応を返すのが正しいのか答えは見つからない。
結果、いつものように口を閉ざしたままの切沢を気遣うように、年齢も上の彼は軽く切沢の背を叩いた。
「お前らいいバランスだったのに、もったいないとは思うけど。ま、芸人やってりゃ色々あるからな」
またな、と明るく言い残して、それなりに売れている彼は次の収録へと向かっていった。
楽屋に戻り一人になったところで、切沢は通話履歴からいつもの番号を呼び出す。
「……もしもし。ああ、俺だけど。今終わった……見てたのか? ……うるせえな」
先ほど先輩と会話していた時とは違う、どこか砕けてやわらかい口調が、狭い楽屋の中で小さく響いた。
「わかってる。……歌? ああ、まあ、またそのうちな。これから行くけど、なんかいるもん……わかった、甘いもんな。適当に買ってく」
手短に要件を済ませて電話を切ったところで、見計らったかのように通知音が鳴る。
画面に表示されたポップアップには、『アルカナムジカ運営よりお知らせがあります』と表示があって。
(本当だったのか、アレ)
数週間前に呼び出された会社で聴かされた、聞き覚えのある声の歌。
自分たちにも新曲を、という話は上がっていたが――まさか、こんなにすぐにとは思っていなかった。
(悪くねえな)
驚きつつも再生すれば、イヤフォン越しに響く音に自然と口角が上がっていく。
「どう歌やいいかは……よく、わかんねえけどな」
歌うようになったのは最近のことで、これもまだ何が正解なのかわかっていない。
それでも、どうやら切沢の歌声はそれなりに需要が生まれているらしい。少し前に気まぐれにあげた歌にも、多くのbetやコメントがついていた。
(まあいい、聴きてえってうるせえやつもいるし……)
奏でられる音楽を辿るように、小さく口ずさむ。
確かめるようなその歌声は、どこか真摯に、けれど力強さを持って切沢の音楽を形作っていった…―。
【AnimeJapan2023配布 試し読み小冊子に収録】
小さな音を立てて、テーブルに置いたスマホが淡い光を放つ。
ちら、とその画面に目を走らせた斑目は、ポップアップで表示された『アルカナムジカ運営よりお知らせがあります』の言葉を見てすぐに視線を手元へと戻した。
美しいクリスタル製のワイングラスに施された、繊細なカッティング。美味い酒を出す店は探せばいくらでもあるけれど、グラスの意匠にまで拘りを見せてくれる店はそう多くない。
そういう意味で、この店は斑目にとって好んで足を運ぶ店の一つだった。
「あの……斑目、ジュナさんですよね?」
グラスの中で揺れる、淡いグリーンともレモンイエローともいえる透明な液体と、その液体に反射する美しい輝きを堪能していたところで――控えめな声が、斑目を呼んだ。
声のほうへ顔を向ければ、酒のせいかそれとも違う理由からか、わずかに頬を染めた二人組の女性が、斑目を見つめていた。
その首元や腕に光る華奢な輝きに、斑目は声をかけられた理由を察する。
「あの、私、『Juna』のアクセサリーの大ファンで。今日もつけてるんです。あっ、『Juna』はとても買えないので……『J.Stella』のものなんですけど」
彼女が示した首元に、わずかに目を向ける。
10Kの繊細なゴールドチェーンにガラスのパーツを組み合わせたステーションタイプのネックレスは、つい最近『J.Stella』で発売したばかりの新作だ。
斑目は、二つのジュエリーブランドを持っている。
『Juna』では、豪奢に輝く宝石の美しさを存分に引き立てる、特別なシーンのジュエリーを。
『J.Stella』では、比較的手の届きやすい価格帯で日常に寄りそうような、普段使いのジュエリーを。
どちらもデザインは斑目自身が行っているが、そのコンセプトは大きく異なっている。
そしてそこに込めた想いもまた、まったく異なるもので――。
「……ありがとう。大切にしてくれたら嬉しいな」
「! もちろんです! それで、あの……」
尚も会話を続ける彼女の声を遮るかのように、再び斑目のスマホが小さな音を立てた。
画面に目を向けた斑目は、今度はすぐにスマホを握り締め、カウンターに立つ店主に奥の部屋を使ってもいいかと尋ねる。
「ごめんね、急ぎの連絡なんだ。それじゃあ」
穏やかな笑みだけを女性に向けて、斑目は奥の部屋――VIPルームへと向かった。
「……ふふっ。また上手くなってるなぁ、静くん」
通知の元――『アルカナムジカ』でフォローしている歌い手、『RiZ』の新曲を聴いて、斑目は恍惚と声を漏らす。
「サンプル音源とは違う……配信用に少し歌い方を変えているのかな? ああ……いい、輝きだ。僕をどこまでも、魅了してくれる――」
そっと目を閉じれば、耳に響く声がそのまま美しい輝きとなって、斑目の瞼裏を鮮やかに彩っていく。
美しく、儚く、けれど尊い――斑目のもっとも切望する、輝きが。
しばらくその輝きを堪能していたところで、三度、今度は電話を告げる着信音が斑目のスマホを揺らした。
「……もしもし? ああ、そうか。君のところにも来たんだね」
電話の向こうで聞こえる声は美しく、ひそやかな輝きを持っている。
けれど――まだ、足りない。
「もちろん……君の歌も、楽しみにしているよ――弦八」
自分が希う、唯一の輝き。
それに少しでも近づこうとする存在に優しい言葉をかけながら、斑目は緩く、笑みを浮かべた――。
【AnimeJapan2023配布 試し読み小冊子に収録分より、一部加筆修正】